命日。

朝、8時に起きて10時に病院へ。
凛々花を連れて行き、病室へ。
窓際に凛々花が立ち、声に反応してパパが窓際を向いた。

すでに肩で息をしてて声も出なく、私の声に少し目を動かした。

そして目を拭いてあげたら目を開ける力なく閉じてしまった。
そっと目を開けさせ。声をかける。

パパ、目をきれいにしたからね。

凛々花とママと私をパパと2時間ほど過ごす。
お弁当2個食べて嘔吐10分。

お待たせといい、ソファーに座り、テレビを見てた。

またベットに行き手を握り、話しかけパパ春になったら帰ろうねという。

静かな息しか聞こえない。

屋上へ行き、気分を変えて戻るとき主治医とすれ違い挨拶。

部屋へ戻り、ただいま。

また手を握る。擦り。
口角が血が出てたので薬を塗る。

そしてまたソファーへすわり、父を見ながらぼーっと2分くらいで看護士さんが5人くらい
かけつける。

個室なのでカーテンを閉め、開けられてたドアを閉められ、心電図を追加、機械を持ち込まれる。

そして奥様にご連絡を、血圧が低下してます。

すぐ、ママに電話をしタクシーで来るように。

すでに、ベットは倒され呼吸をしやすくなってた。
ベットの脇に座り、パパパパと叫ぶ。

パパと叫びながら涙をこらえてたけど目には涙、鼻水。
13時40分だった。ママに連絡したのが。

ひと時も離れたくなかったので旦那の名刺を看護士さんに渡し、主治医が来て
まもなく息を引き取ります。といわれる。

必死で叫び、振り返ったら病室で一人。

ママ来て凛々花来てと思いながらママと凛々花が間に合った。

14時10分。

ママは頑張ったねーパパ。
凛々花おじいちゃん、一緒に上野動物園行くのー。

ママは反対側で擦り、姪に電話に行った。

凛々花と私。

その時、ぎゅっと目を瞑り手を握り返した。目には涙がこぼれた。
そして左足がぴくんと動いた。

振り返り、ママに足動いた!

パパパパとNだよ。
傍にいるよ。
大丈夫。

口をパクパクしてるのが少なくなってきた。
そして主治医が来て心停止です。と

信じられない、そして握りしめてたら死亡確認させていただきますと。

2時半頃。

ママが来て20分ほど。
凛々花とママと私3人で見送った。そして握り締め、涙しながら手を擦り。

看護士さんが点滴、尿管などの処置のため席を外す。
着てきた洋服を着せていただき、メイクもして綺麗な顔に。

その間、連絡取ったりしてた。

私を施設からパパのところに連れてきてくれたいとこのおばさんが鎌倉から来てくれた。

綺麗な顔だね。

とても癌をは思えない。

抗癌剤は投与してなかった。
そしてカラダの拭かせてもらったときは、温もりがあった。

手術のあとが綺麗になってたおなか。まだ暖かい。

18時に葬儀屋が来るまで片付け。

17時頃、旦那が来た。
ロビーへ行き、おにぎりを食べ、旦那はお弁当を食べてこれから長いかもということで
食べた。

旦那と二人きりになり涙を流してしまった。

血が繋がってなくても父親なんだね。って。
パパ、幸せだったと思うよ。

そしてお車の支度が出来、病室が全てドアが閉まり、見えないようになってて
看護士さんが並び、地下へ。

霊安室には行かず、ぎりぎりまで個室へいた。

降りたら先生方が10人ほど。主治医の顔を見たら背けてしまった。涙があふれてきた。

車に乗り、後ろを見たら並んでお辞儀をした。

もう、この病室には来ないことを実感。

そのままセレモニーホールへ。
霊安室へ。

まずはお線香。顔には白い布がかけられて見せていただいた。綺麗な顔。
やさしい顔。

死因は肝細胞癌

19時から打ち合わせ、いとこ年は倍、ママ、凛々花、旦那、私。
現実的な話が2時間続く。

21時半終わる。

もう一度、お線香をあげる。
凛々花はおじいちゃん神様になっちゃった。と泣く。
お顔を見て大きな声で泣き私はずっと泣いてた。

タクシーが来るまで泣いてた。

いとこ、真理子さんに抱きしめられNちゃんよくがんばったね。そこで涙。

23時になり、宅配ピザを頼む。
こんな日まで嘔吐。自己嫌悪。

2時まで泣きまくり。目を瞑り手を擦り返し涙を流したシーンが離れず。
眠剤が効かない。
3時間で起床。
目がパンパンに腫れてた。